島根県松江市、出雲市周辺の観光名所と国内旅行、宿泊予約や旅行写真、お土産を紹介
島根県松江市、出雲市周辺の観光名所と国内旅行の宿泊予約や旅行写真、お土産を紹介。人気のスポットから世界遺産までお役立ち情報が満載!山陰地方と呼ばれる島根県は山と海に囲まれていますのでどこへ行っても癒されますね、自然が美しくて絶景ポイントもたくさんあります。全国的にはマイナーな場所かも知れませんがそれだけに不思議な見所がいっぱい!出雲神話の発祥の地で、全国の神様が毎年集まる所はここだけです。また隣国の朝鮮半島に船を浮かべれば、山陰地方に漂着するといわれていますが、おそらく文明の流れはこの山陰地方を起点に全土に拡散していったのでしょう。近年.世界遺産に登録された石見銀山や縁結びの神様で有名な出雲大社、現存する松江城などは観光客に人気のスポットですが、実はそれ以外の見所の方が沢山あり、近年脚光を浴びています。当サイトは穴場的な観光スポットから普段は目に触れる事がないようなポイントまで写真を中心に紹介します。sitemap


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島根県の観光名所/見所と写真




上の写真は松江城です。春には桜が満開になり、秋には紅葉が染め上げます。お堀は観光ボートで周遊できます。


"島根県の人気観光名所を写真で紹介"
島根県の見所/説明文 参考
「石見銀山」 島根県大田市にある世界遺産の観光地/石見銀山(大田市大森町にある為に大森銀山とも呼ばれる) の龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)は正徳5年(1715)に開発されました。間歩(まぶ)とは坑道がある山の意味で、石見銀山といえばこの龍源寺間歩の場所を示します。江戸時代には開掘の長さが600mにも及ぶ大坑道で、良質の銀鉱石が沢山発掘されましたが、昭和18年(1943)に閉山され、228年の長き歴史に幕を下ろしました。当時の坑道作業は過酷を極め、粉塵の被害などで、体調を崩す坑夫が続出、多くの坑夫を必要としました。石見銀山が繁栄していた頃には、銀山七谷に坑夫たちの住居が13000軒もあり、唐人たちも住んでいた処から察すると、やはり坑夫の採掘がいかに大変であったか感じとれます。石見銀山から発掘された銀は戦国大名の軍資金や江戸幕府の財源として使われましたが、中国や朝鮮半島、ポルトガル、スペイン、など海外にも数多く輸出され17世紀前半の石見銀の産出量は年間約1万貫(約38t)と推定されるそうです。これは世界の約3分の1の銀産出量を占めていた事になります。1969年4月14日には他の13箇所の銀山遺跡とともに「石見銀山遺跡」として国指定史跡(文化財)に指定されました。(世界遺産に登録後観光客も倍増)石見銀山龍源寺間歩の公開坑道部分の長さは273m:入場料大人400円・子供200円・観光ツアーあり。

「出雲大社」 島根県簸川郡大社町杵築東にある出雲大社の正式名称は「いずものおおやしろ」ですが、杵築(きずき)にある所から杵築大社とも呼ばれ、縁結びの神様として全国に人気なおすすめ神社。大黒様(だいこくさま)別名(大国主神:オオクニヌシノミコト)を祀り、国引き神話の中心人物として因幡の白ウサギを救ったことでも有名です。旧暦の10月11日から17日まで、全国の神々が出雲大社に集い、神議りをされるので、他の地方ではこの月を神無月といい、出雲地方では、神在月と呼びます。前日の10日の夜には海から来る神々を迎えるために稲佐の浜(いなさのはま)で神迎(かみむか)えの神事が行われ、神の使いである龍蛇(りゅうじゃ)を本殿に納めます。また日本最古の大社造りの神社としても有名で、正面の神楽殿には長さ8メートル重さ1.5トンの大しめ縄があります。ちなみに出雲大社境内の総檜造りの拝殿は1959年(昭和34)の再建、しめ縄は周囲4m、長さ8m、重さ1.5トン。出雲大社がいつごろ創建したかは定かではないが出雲国風土記には大国主命のために、神々が集まって宮を杵築(きず)いたという記録からして、8世紀期頃には、社殿が建てられていたと思われます。現在の本殿は延享元年(1744)造営されたもので、屋根は切妻造りで心御柱(しんのみはしら)を中心に田の字型に仕切られ、屋根の千木(ちぎ)は長さ7.8m、3本の勝男木(かつおぎ)は5.4m。年間72回におよぶ祭礼があります。交通=出雲空港~大社までバスで35分・出雲市駅~大社までバスで30分・観光ツアーあり。

「松江城」 島根県松江市殿町に構える松江城は、天守閣の大きさ(平面規模)では全国で2番目・高さは30mで3番目・古さでは6番目。慶長16年(1611)出雲初代城主の堀尾茂助吉晴が5年の歳月をかけて松江城を完成、城主は堀尾忠晴・京極忠高・後に徳川家康の孫に当たる松平出羽守直政が信州松本から移城されて10代(234)年間18万6千石を治めます。明治8年の松江城内取り壊しの時には天守閣だけが免れて現在に至ります。、天守閣は、望楼様式を加えた複合天守閣で、黒塗りの雨覆板(下見板張り)でおおわれ石垣はごぼう積み又は野面積(のずら)みと呼ばれる工法で積み上げられています。ちなみに7代めが茶道で有名な松平不昧公。隣に面した宍道湖から湖水を引き入れて松江城を防備する外堀は、堀川めぐりとして遊覧船で城外周遊コースに利用されています。

「ホーランエンヤ」 島根県松江市殿町にある城山稲荷神社式年神幸祭です。「ホーオオエンヤ ホーランエーエ ヨヤサノサ エーララノランラ」大橋川から意宇川の間を櫂伝馬船(かいでんません)の櫂かき音頭が流れる。ホーランエンヤとは松江城山稲荷神社式年神幸祭(まつえじょうざんいなりじんじゃしきねんしんこうさい)のことで12年に一度、五穀豊穣を祈願して馬潟、矢田、大井、福富、大海崎の地域を合わせた約100隻の大船団が9日間にわたって五穀豊穣を祈願する360年の歴史を有する神幸祭です。見所は、「渡御祭」と「中日祭」と「還御祭」ですが、特に神幸祭の初日に当たる渡御祭は城山稲荷神社の御神霊を陸行列で大橋川へ運び、神輿船で約10km離れた意宇川まで移動、更に御神霊を陸行列で意宇川沿いの阿太加夜神社までお運びします。神幸祭の終日に当たる還御祭では逆の経路でお戻りになられますので、双方ともに約8時間をかけたメインイベントになります。神幸祭の中日に当たる中日祭では阿太加夜神社の氏子たちが、御神霊をお慰めするために、松江市指定無形民俗文化財「櫂伝馬踊り」を披露します。ホーランエンヤの詞の由来は、櫂伝馬船での掛け合いの音頭といわれ、「ホーラ」の掛け声に、櫂かきが「エンヤ」と声を合わせて櫂を漕いだのが「ホーランエンヤ」となったと云われます。この神幸祭は慶安元年(1648)、出雲の国が大凶作に見舞われた時に松江・松平家初代藩主松平直政公が、松江城山稲荷神社の社司を兼務していた阿太加夜神社の神主である松岡兵庫頭に命じて城山稲荷神社の御神霊を阿太加夜神社に運んで五穀豊穣の祈願させたのが松江城山稲荷神社式年神幸祭のはじまりとされます。12年に一度の日本三大船神事として県外からの観光客もたくさん訪れます。

「石見畳ヶ浦」 島根県浜田市国分町の海浜海岸沿いにあります。昭和7年(1932/3.25国指定天然記念物)石見畳ヶ浦は床の浦(とこのうら)とも呼ばれ、江戸時代(1817)に景勝地として紹介されているほど、展望の良い場所だったようです。ただ、現在紹介されている畳ヶ浦とは様相が異なり、化石などの学術的に貴重な資源は海底に沈んでいました。現在の姿を地表に現したのは、明治5年(1872/2.6)の浜田地震の時に海底が隆起した為だそうです。畳ヶ浦にはおよそ4万9千㎡の海床(千畳敷)が広がり、高さ25mもの礫岩(れきがん)、砂岩(さがん)の海食崖(かいしょくがい)や多くの断層が見られ比較できます。千畳敷は約1600万年~2000万年前に堆積(たいせき)した砂岩層で貝、フナクイムシ、サメ、クジラ、流木などの化石が含まれています。しかし何より圧倒されるのは馬の背にある腰掛け状の丸石=団塊(だんかい)で、浸食によって奇妙な造形美を造りあげています。ズボンの裾をめくって馬の背に上がって見ると、実に神秘的で、まるで宇宙船か、宮崎アニメの世界に入り込んだような錯覚を受けるかも知れません。

「宍道湖」 島根県松江市の宍道湖嫁が島伝説:昔、姑にいじめられた哀れな嫁が、あまりの辛さに堪えかねて里帰りをした際に近道をしようと思って氷の張り詰めた湖上を、寒さに震えながら渡っていきました。嫁は、実家によほど早く帰りたかったのか急ぐあまり氷の溶け掛った上を歩いてしまい、氷が割れてあっという間に、宍道湖の中へと沈んでしまった。この様子を宍道湖に住む神様が見ていて、あまりに嫁がかわいそうなので、松江城下の灯りが見える所に嫁のなきがらとともに、一夜の内に島を浮き上がらせました・・ 宍道湖(しんじこ)は島根県東部に位置して、全国第6位の面積を持つ天然湖。周囲が約45キロの真水と海水が混ざりあった汽水湖で、水深3~4メートルと以外に浅く、宍道湖七珍といわれる蜆(シジミ)、鱸(スズキ)、モロゲエビ(テナガエビ)、アマサギ、鯉(コイ)、鰻(ウナギ)、白魚(シラウオ)等の食材は名産になっています。また、嫁が島に沈む夕日が美しいことでは全国的に有名で、県外からの観光客やカメラマンが耐えません。東京~出雲空港の直行便あり。交通=JR松江駅から徒歩7分・出雲空港から嫁が島までバス30分。また、嫁が島は全長約110m、幅約30m、周囲240mの松の木が植えられた島で、弁天さまを祭る竹生島神社の小祠や鳥居があります。朝靄の蜆(シジミ)獲りや夕焼けの宍道湖、遊覧船(サンセットクルージング)での周遊、近くには山陰唯一の松江城や堀川めぐり(遊覧船で松江城を周遊)など見所満喫。

「しまね海洋館アクアス」 しまね海洋館アクアスは島根県浜田市久代町にあります。12年4月に中四国地方最大の水族館としてオープン!約1,000トンの大型水槽が2槽設置され、メジロザメや赤エイ、アシカやアザラシ、人気のウミガメなどの大形のものから小形のものまで比較しながら楽しめます。おすすめは2Fの白イルカプールにいる北極海の白イルカの曲芸やバブルリング、海底トンネルからの眺めなどは圧巻です。見所満載!500種類一万点の海洋生物が展示されています。・フラッシュ写真撮影禁止・入館料・大人¥1500円・子供¥500円・団体割引あり・開館時間9:00~17:00夏季は18:00まで・毎週火曜日定休、振替あり 交通=山陰道江津道路浜田東I.C.下車5キロ7分/山陽道広島I.C.より約90分/江津西I.C.下車4キロ6分/江津市より国道9号線~浜田方面へ10キロ20分/JR山陰本線波子駅より徒歩10分/

隠岐の島」 島根半島から、40~80kmに位置する離島で、「島前、島後」に分れています。(隠岐の島の西北約157km先には竹島がありますが韓国との領海問題で時々ニュースになります。)4つの有人島と180余りの小島(無人島)からなる隠岐の島は、島の外周は151km、面積は242.91k㎡、その80%を森林が占めています。島の周囲は高さ100~300mに及ぶ断崖絶壁で侵食された岸壁が雄大な景観を楽しませてくれます。また、険しい地形のため、地中に穴を掘り子育てをするオオミズナギドリの繁殖地や、島後の大満寺山一帯のオキシャクナゲや、オキフウランの自生地などもあります。対馬海流の影響を受けるために夏冬の気温差が少なく、厳冬期を除いて比較的温暖。隠岐の島の人口 24,804人自治体名 西郷町、布施村、五箇村、都万村、海士町、西ノ島町、知夫村 :高速船レインボーの所要時間は本土(島根県の七類港・加賀港・鳥取県の境港)から隠岐の島まで約1時間・フェリーは本土から隠岐の島まで約2時間30分・飛行機 :出雲空港・米子空港から約30分。平成16年10月1日に西郷町(旧)、布施村(旧)、都万村(旧)、五箇村(旧)四町村合併により新生「隠岐の島町」になりました。「見所」=亀島,金棒岩,摩天崖,通天橋,ロウソク岩,滝見の岩屋,国賀の赤壁,不老ヶ崖,屏風ヶ崖,大神の立岩,明暗の岩屋,知夫の赤壁,三郎岩,帽子岩(ぼうし),錦ヶ浦,五ッ洞門,赤尾展望所,摩天崖,由良姫神社,黒木御所跡,焼火神社,鬼舞展望所,玉若酢命神社,億岐家宝物館,隠岐国分寺,他

「須我神社」 島根県大東町にある日本で最初に出来た宮。祭神:須佐之男命・奇稲田比売・清之湯山主三名狭漏彦八島野命・古事記(和銅5年・西暦712年)所載=肥河上で八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した素盞鳴尊(スサノオノミコト)が、宮を建設する場所を求めて出雲国須賀においでになり、「吾此地に来まして我が心須賀須賀し」と仰せになって宮殿を建設するときに美しい雲が立ち騰がるのをご覧になり、「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」の御歌を御詠みになられました。これが出雲の国名の起源、また31文字(みそひともじ)の和歌発祥の地といわれています。更にここから2Kmほど先の八雲山入り口には、日本俳句の会による和歌が400mに渡って奉納されており、最後に須佐之男命・奇稲田比売が祀られた夫婦岩に辿り着きます

「松江水郷祭」 松江水郷祭/湖上花火大会=水の都・松江にふさわしい人気の恒例行事。宍道湖の湖上(嫁ヶ島付近)から毎年8月の第一週、土日の連夜にかけて打ち上げられる花火で、土曜日に約3000発、日曜日に約6000発、合計9000発が夏の夜空を彩る。開催地:島根県松江市の宍道湖周辺、末次公園、白潟公園付近アクセス:JR「松江駅」から徒歩20分

「宍道湖自然館ゴビウス」 ゴビウス=島根県平田市園町にある体験学習型の水族館で子供たちにおすすめ!魚介類約100種3,000点・鳥類27種40点・昆虫類80種240点・54水槽で展示しています。 休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は、その翌平日が休館日となります)年末年始(12月28日~1月1日)入館料大人500円(400円)/小・中・高校生200円(160円)宍道湖の生物・・

「須佐神社」 島根県出雲市佐田町:須佐神社は、須佐之男命(スサノオノミコト)の御魂を祀る唯一の神社で出雲風土記にも登場します。全国の須佐之男命を祀る神社の総本山的な位置にあります。本殿は出雲大社や熊野大社と同じ大社造りで島根県の文化財に指定。社名の変更や(須佐社、須佐神社、十三所大明神、大宮大明神、須佐大宮)社殿の再建などを経て、明治32年国幣小社にも指定。須佐神社七不思議=塩井(しおのい)神馬(しんば)相生の松(あいおいのまつ)陰無桜(かげなしざくら)落葉の槙(おちばのまき)星滑(ほしなめら)雨壷(あまつぼ)

「立久恵峡」 立久恵峡は島根県出雲市乙立町を流れる神戸川沿いに2.1キロに渡って連なる自然公園で、不老橋を渡ると霊光寺があり、500~1000体もの五百羅漢を含めた石仏をはじめ、奇岩・柱石・などを楽しめる(昭和2年4/8に国の名勝天然記念物に指定)また隣には御所覧場や立久恵峡温泉の露天風呂があり、隠れたブームになっている。神戸川から捕れる天然鮎なども魅力の一つ*交通=JR出雲駅から184号線を南下、車で15分

「太鼓谷稲成神社」 島根県鹿足郡津和野の太鼓谷稲成神社は安永2年(1773)5月15日津和野七代藩主亀井矩貞公が城の安穏鎮護と住民の幸福を願って、城山の太鼓谷に勧請された。祭神は宇迦之御魂大神と伊井諾尊で、竹駒稲荷・笠間稲荷・伏見稲荷・祐徳稲荷とともに日本五大稲荷に数えられている。(祈願成就の為に稲荷を稲成と書くことでも有名)県外からの参拝者も多く、参道を染め上げる赤い(朱色)鳥居は約1200本あり、馬を走らせながら弓を的に当てる「やぶさめの神事」と共に人気がある。周辺の観光名所では、森鴎外記念館・津和野城跡・乙女峠マリア堂など。交通=広島からバスで3時間・山口から1時間19分・大阪から直通バスで8時間20分・東京から直通バスで13時間50分/JR東京~小郡5時間9分・大阪~小郡2時間6分/松江~車で3時間45

「清水寺」 島根県安来市にある安来・清水寺は1400年前に尊隆上人が開山した天台宗の寺院で、三重の塔は1859年に地方大工が三代をかけて完成させた。山陰唯一の総けやき造りの木造多重塔。地上から棟までの高さ21.1メートル、宝珠の先端までは33.3メートルあり、信仰厚い1万人の浄財で建立された。200円で上まで登ることが出来るが、階段がとても狭くて急なので制限を受ける方が出てきそうだ。又、光明閣を入ると日本庭園があり500円で抹茶を味わう事が出来る。余り知られていないが、何と風流で美味しいことか、未だに忘れられない。公園内の旅館では、名物「精進料理」が楽しめ、お土産には「清水ようかん」が喜ばれている・宝物館は4/29~5/5、11/1~11/10のみ開館。入館300円、光明閣・書院拝観600円(抹茶つき)TEL 0854-22-2151

「潜戸(くけど)」 島根県松江市島根町加賀から見える潜戸(くけど)は海食洞門がある絶景ポイントで、高さ40m長さは200mの海中大洞窟。グラスボートで洞内に入ると夏場はヒンヤリとして気持ちが良く、漁師たちの涼み場になることもあるそうです。とにかく景観は最高で、新潜戸の洞門を目の当りにすると思わず奇声を発してしまうほどだ。又、旧潜戸では「賽の磧」があり、石を高く積んで幼子を供養した跡がそのまま残っている。この辺りの海景は実に見事なもので、洞門、象岩を中心とした無数の岩盤や奇岩は新天地を思わせるほどに素晴らしい。ポイント・新旧潜戸は乗船して観光するが、絶景ポイントの象岩は徒歩40分かかる。また象岩は干潮の時に歩いて渡れる。(満潮の時でも膝まで裾を上げれば問題はない)

「乙女峠マリア聖堂」 島根県鹿足郡津和野:明治維新後、浦上四番崩れというキリシタンの弾圧によって、長崎の信徒約3400人が全国に配流され、鹿児島、萩、津和野、名古屋など20ヶ所がえらばれた。時の幕府は信者たちを津和野藩にも預けられて、キリシタン改宗のために乙女峠にあった廃寺光琳寺で日夜拷問を受けさせた。明治6年までに殉死した信者は、36人。交通=広島からバスで3時間・山口から1時間19分・大阪から直通バスで8時間20分・東京から直通バスで13時間50分/JR東京~小郡5時間9分・大阪~小郡2時間6分/松江~車で3時間45分

「松江フォーゲルパーク」 島根県松江市大垣町にできた数千種の花と、百種余の鳥の楽園。花の展示温室としては世界最大級の規模だそうだ。特にベゴニア1500種を栽培、コリウス170種は年中満開で、パークの目玉になっています。又、温帯系植物の中をトキやツル、ペリカン等が自由に飛び交う様は、妙に親近感を与えてくれます。*入園料・大人¥1500円・子供¥750円・団体割引あり・開園時間8時30分~5時・無休・TEL0852-88-9803 交通=JR松江駅からバスで30分・出雲空港から車で20分フォーゲルパーク=島根県松江市大垣町にできた数千種の花と、百種余の鳥の楽園。花の展示温室としては世界最大級の規模だそうだ。特にベゴニア1500種、コリウス170種は年中満開で、パークの目玉。・・・順路・長屋門に入るとフクロウセンターと売店(お土産コーナー)があり、20種類、100羽のフクロウがいます。カラフトフクロウ・シロフクロウ・ウサギフクロウ・オオフクロウ・アフリカオオコノハズク・クロワシミミズク・メンフクロウなど比較できます/センターハウス:8,000㎡の展示温室では、正面にピラミッド型の花壇を設置して700鉢の球根ベゴニアを展示、更にハウスの天井からフクシアのハンギングタイプ(2m位の吊り下げ用)を飾り、観光客を圧巻する。/ウォーターフォールエイビアリー:沢山の水鳥たちを放し飼いしてある温室で、柵や檻のようなものはないので、鳥たちが足元まで寄ってくる。トロピカルエイビアリー:まるでジャングルを思わせる温室で、植物と鳥たちが共存している。オオハシ・サイチョウ・エボシドリは見物です。/水鳥池:鴨(カモ)ペリカン・白鳥(ハクチョウ)などが群れをなして寄ってきます。専用のエサも準備されており、お子様たちに人気のスポット。

「三瓶埋没林」 島根県大田市三瓶町多根の小豆原地区で水田工事をしていた時に(1983)埋没林が発見されました。ちょうど三瓶山(標高1126)の山麓あたりに位置し、今から3500~3700年前の火山活動の時に火山灰などが三瓶山麓へ流れて、巨木の林を立ったままで埋積したといわれています。立木、倒木ともに杉が過半数をしめ、杉以外ではトチノキ、ケヤキ、カシのなかまなどです。(2004年2/27に国指定天然記念物)三瓶小豆原埋没林公園開園時間9:30~17:00(4~10月の土曜日は18:00まで開園) 埋没林公園入園料大人300円小中高生100円アクセス:広島・山口方面は浜田自動車道大朝ICから、90分・岡山・大阪方面は中国自動車道三次ICから、120分

「荒神谷遺跡/二千年ハス」 島根県斐川町にある荒神谷遺跡では面積5000㎡の水田一面に二千年蓮(ハス):別名大賀ハス:古代ハスが毎年6月中旬頃から咲き始め,月間に西日本一の5千株、5万本が咲き誇る。天候や時間帯によってその表情を変えながら、薄紫色~薄紅色まで楽しめる。早朝の時間帯は色温度の関係で、青味が強く出るが、日中は白味~赤味に移行し、やがては元に戻る。ハスの地下茎はレンコンで食用にされていますが、近年はレンコン栽培のための池は少なくなり、自生状態となっている所もあるようです。ちなみにハスの種子は蜂の巣状の穴の中にできて、生食できます。

「日御碕灯台」 島根県簸川郡大社町にある高さ43.65mの日御碕灯台は東洋一とも呼ばれており、ラセン状の階段を登って展望台までいくと日本海や稲佐の浜が一望出来る。(見学料¥150円)近くにはウミネコの繁殖地で有名な経島があり、周囲400mの小島は無数のウミネコで埋め尽くされる。11月末~7月頃までは子育てをしているが、それ以降は北上してしまう。交通=出雲空港からバス40分・出雲大社からバス20分







日本の世界遺産を特集

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"京都、広島、島根県の世界遺産を写真で紹介"
日本には現在14件の世界遺産があります(2007年7月現在)。
世界遺産(せかいいさん)とは1972年ユネスコ(UNESCO/フランスのパリにある国際連合教育科学文化機関本部)で採択された世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage)に基づいて,人類共有の普遍的な遺産の保護支援を唱える国際条約で、2006年10月までの世界遺産条約の締約国は184ヵ国(日本は1992年に締約,125番目)。条約締約国に対しては世界遺産登録地の保護・保存・整備などを支援しています。

金閣寺(きんかくじ) 正しくは鹿苑寺(ろくおんじ)と呼びます。臨済宗相国寺派(りんざいしゅうしょうこくじは)の禅寺で、1994年に世界文化遺産登録されました。お釈迦様の骨をまつった事で有名ですが、金閣を映し出す庭園一帯は極楽浄土(ごくらくじょうど)をこの世に再現したと言われ、理屈ぬきに拝観する者の目を奪います。

宮島、厳島神社 世界遺産・日本三景である広島県の宮島、厳島神社は、推古天皇即位元年(593年)、佐伯鞍職により創建。平清盛の時代には平家一族が崇拝、平家滅亡後も源氏一門に厚遇されたが、承元元年(1207年)と貞応2年(1223年)の度重なる火災で衰退。弘治元年(1555年)、毛利元就が厳島の合戦で勝利を収め、殿の復興に尽力を注いだ。厳島神社の大鳥居(重要文化財)は、楠の四脚造りで、平安時代から8代目で、明治8年7月に完成。

原爆ドーム 核兵器の廃絶と恒久平和の大切さを世界へ訴えるシンボルとして平成8年12月に世界文化遺産に登録。1945年8月6日、アメリカ軍が報復として原子爆弾(リトルボーイ)を広島市内に投下。産業奨励館(原爆ドーム)の上空で爆発しました。熱線、衝撃波、放射能などによって形ある物は一瞬で焦土となり、爆発から10秒たらずで、広島の町が壊滅。犠牲者(被爆者)は14万人とも15万人ともいわれてます。お土産

石見銀山 (島根県大田市大森町にある為に大森銀山とも呼ばれる)2007年に世界遺産に登録されました。島根県大田市にある石見銀山龍源寺間歩(いわみぎんざんりゅうげんじまぶ)は正徳5年(1715)に開発されました。間歩(まぶ)とは坑道がある山の意味で、石見銀山といえばこの龍源寺間歩の場所を示します。江戸時代には開掘の長さが600mにも及ぶ大坑道で、良質の銀鉱石が沢山発掘されましたが、昭和18年(1943)に閉山され、228年の長き歴史に幕を下ろしました。壁紙へ


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